「かわ」に見る真摯な絵本づくり

水の流れる様子が好きでした。今でも好きです。勾配のある景色の中に水路があって、水が勢いよく流れているのを見るだけで、心が休まるという水流フェチなのです。

そんな水流フェチの私が最近出会った素晴らしい絵本が、加古里子さんの「かわ」です。

山の中の源流から、海に流れ出るまでの川の様子が、隅々まで丁寧に描かれています。最初は雪解け水、そして渓流へ、その後山里を潤して、浄水場のある街を抜けて、河口の工場になり、最後は画面いっぱいの海まで、川とそれをとりまく人の営みが、流れを追うように楽しめるんです。表紙は川の地図になっていて、なんとその地図と絵本の中身の絵が完全に一致している!

作者の加古里子さんの真摯な姿勢に感動。素晴らしい。

我が家の次男は、たくさんの絵本の中で生まれ育ちましたが、どういうわけかこの『かわ』にとりつかれ、一時も手放せないほどの御執心だった時期がありました。二歳ごろのことでした。谷川の流れから、一頁めくる毎に川幅が広がる川の流れの表情の変化に見とれ、それにつれ移り変わる周辺の細かい情景描写を楽しみ、毎日毎日新しい発見があるようでした。

栗山規子(絵本の本棚:すばる書房)

私も子供の頃に、この絵本に出会っていたかったです。我が息子のおにぎりくんには、いずれこの絵本を読んであげる予定。興味を持ってくれると良いなぁ。

東京では、川や水遊びはあんまり身近ではないですよね。
学生時代、京都東山の琵琶湖疏水の近くに住んでいました。哲学の道も良いけれども、やっぱり南禅寺の裏から登っていく勾配のあるあたりが最高です。ここ東京だと、川はみんな暗渠になっちゃってたり、あっても上流で取水されててチョロチョロとしか流れてなかったり。あとは流れているかも分からないようなドブ川しかなくて、全く物足りません。これも鬱病発症の原因かもしれない、、、。それほど、子供の頃から、水の流れはとても身近だったんです。

私の実家は石川県の能登半島にあります。実家の庭から続く雑木林を抜けて、5分ほど田んぼの畦道を進んだところにある大きなため池の近くで、よく遊びました。「でか池」と呼ばれていたのですが、わりと変な名前ですよね。大人も子供も、疑問に思うこともなく、そう呼んでいました。

でか池の土手は高くて、いつも雑草にびっしりと覆われています。その土手に登ると、見渡す限り広がる田んぼ。でか池は農業用池なので、池の底に穴が空いています(怖い)。ちゃんと栓(水門)がしてあって、それを開けたり閉じたりできるわけです。春には水門が開かれて、たっぷり冷たい水を放出して、そこから見える田んぼ全てに水を張ります。耕されて「しろかき」された田んぼの水面は、平らで透き通っていて、土手の上の高いところから見ると、大地に大きな鏡が敷き詰められたように見えるんです。田植え直前のこの季節は、気温も暖かくなるころで、本当にワクワクします。

でも、でか池も今では、土手はコンクリートで固められて、その上を高速道路が走っています。遊ぶ子供達もいなくなってしまいました。

この絵本に描かれたような水に溢れた美しい山里が、いつまでもどこかに残っていてほしいと思います。

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